ある地方都市の閑静な住宅街に建つ、築二十五年の木造一戸建て住宅において、トイレの床面から原因不明の湿気が発生し続けているという報告を受け、私たちは詳細な現場調査へと向かいました。住人の話によると、数ヶ月前から便器の左側付近のクッションフロアがわずかに浮き上がり、拭き取っても翌朝には薄い水膜が張っているような状態が続いていたとのことでした。当初、住人は家族の誰かが手を洗う際に水をこぼしたのだろうと推測していましたが、次第に床の一部が変色し、踏むと微かに沈み込むような感触を覚えたため、重大な事態を直感したといいます。私たちはまず、非破壊検査の一環として赤外線サーモグラフィーを使用し、床下の温度分布を測定しました。すると、便器の根元を中心に周囲の床材が明らかに周囲より低い温度を示しており、広範囲にわたって水分が滞留していることが示唆されました。給水管や止水栓、温水洗浄便座の接続部分には漏水が見られなかったため、意を決して便器を取り外すこととなりました。便器を慎重に持ち上げると、そこには衝撃的な光景が広がっていました。便器と排水管を繋ぐ「床フランジ」という部品のネジ穴付近に、経年劣化による微細なクラックが入っており、さらにその隙間を埋めるガスケットが完全に硬化して機能を失っていました。水を流すたびに、汚水のごく一部がこのクラックから漏れ出し、クッションフロアの裏側に吸い込まれていたのです。さらに深刻だったのは、床下の合板が長期間の浸水によって腐朽菌に侵され、スポンジのようにボロボロになっていた点です。この事例から学べる教訓は、トイレの床に現れる「わずかな濡れ」は、氷山の一角に過ぎないということです。表面に現れた水溜まりは、すでに床下の構造材が水分を許容量まで吸収しきれなくなった末の「溢れ出し」である可能性が極めて高いのです。今回の工事では、腐食した下地材を広範囲にわたって切り取り、梁の補強を行った上で新しい耐水合板を敷き詰めました。仕上げには最新の防水性能を持つクッションフロアを採用し、便器と配管の接続部には最新の合成ゴム製パッキンを二重に使用して密閉性を高めました。修理完了後、住人の方からは「トイレの空気が軽くなった」との感想をいただきましたが、これはカビや腐敗臭の元が断たれた結果に他なりません。
見えない浸食との決別を目指したトイレ床面漏水の徹底調査と修復記録